肉体の鍛練もいくらかは有益ですが、今のいのちと未来のいのちが約束されている敬虔は、すべてに有益です。(8節)
肉体を鍛えることももちろん大切なことですが、それは、この世で生きている間だけに有効なことです。ですから、霊的な鍛錬を続けるようにとすすめています。信仰生活の中で、聖書のみことばに従ってきたことを通して、身をもって経験してきたことによって私たちは少しずつ鍛えらてきました。何が良いか悪いかを学んできました。そのことを周りに伝えてゆくためにも私達自身を常に霊的に鍛えてゆかねばなりません。福音を伝える時、私たち自身もみことばに養われる必要があるのです。
このことばは、真実であり、そのまま受け入れるに値することばです。
(9節)
みことばをねじまげたり、修正したりした失望を生む空想話に惑わされないためにも、常に、この真実のみことば聖書に従って神に養っていただきましょう。この世に目を向けていると、サタンに惑わされます。常に神の御国に目を向けていけますように。
生活の中で、聖書に親しみ、しっかり祈り、信者の模範となれるように、日々、みことばによって養っていただきましょう。
このように祈る生活を続けていると、私達一人一人に与えられている聖霊の賜物の活かし方が示されるでしょう。
示されたなら、続けることが大切です。そうすればそれは、誰かの救いにつながると教えてくれています。無駄のように思えて、あきらめたくなるようなことがありますが、このみことばを励みに続けてゆきたいと思います。
自分自身にも、教える事にも、よく気をつけなさい。あくまでそれを続けなさい。そうすれば、自分自身をも、またあなたの教えを聞く人たちをも救うことになります。(16節)
(11/23礼拝出席者のメモより)